私がTwitterで議論するのは難しいと思う3つの理由


私はSNSのサービスの中でも特にTwitterについてはヘビーユーザーの方だと思います。Twitterを全く使わない日はまずありませんし、ほぼ毎日何かしらツイートしています。そしてたくさんツイートしていると、他のユーザーからコメントをいただくこともたくさんあります。

しかし私はいただいたコメントに対して、自分と意見が違っても議論をすることはしません。いただいたコメントに対してそれは違うと思って自分の意見を述べることはありますがそこでストップします。意見の応酬を繰り返すことはしません。

なぜ私がTwitterで議論をしないかというと、Twitterという場で議論をするのは非常に難しいと考えているからであり、議論したところで多くの場合誰も得しないと感じているからです。本日はTwitterで議論が難しいと思う理由をブログにまとめてみました。

理由1:少ない情報量で議論するのは難しい

Twitterは1つのツイートで140字しか入力できません。この少ない情報量のみで自分の考えていることを誤解なく相手にすべて伝えることは非常に難しいです。一歩間違えば言葉足らずのために相手に誤解を与えてしまうこともあります。

そもそも140字という文字数の制限がなくても、文字のみで自分の意図を正しく伝えることは非常に難易度の高い行為です。目の前に存在する相手とコミュニケーションする時は、言葉として発している情報だけではなく、表情や身振りなども含めて情報が伝達されます。だからこそ、文字でしか情報伝達できない媒体を利用するときには、一歩間違えば思いもよらぬところで相手に不快な思いをさせてしまうこともあります。

文字のみで自分の意図していることを正確に誰かに伝えることは難易度が高い。そんな中でTwitterはさらに140字という制約までついてくる。しかもこの環境で会ったこともない知らない人と本気で議論してしまえば、相手に不快な思いをさせてしまうリスクはとても高くなります。実際にTwitterで嫌な思いをしてしまう人はたくさんいるでしょう。

だから私は自分と違う意見をコメントされた場合、一度や二度は「自分はこう思う」と述べることはあっても、何往復もああだこうだと議論するようなことは意識して避けるようにしています。自分と違う意見をいただいたら「こういう考え方もあるんだな」と思ってそこでやめるようにしています。自分と違う考え方を新しく一つ知ることができただけでも大きな収穫です。議論して勝つ必要はありません。

理由2:バカと議論することは難しい

Twitterワールドにはバカがたくさん生息しています。では「バカとは何か」という定義を考えると非常に難しい話になってしまうので、ここでは仮に自分とは根本的に考え方のかけ離れた人間と考えることにしましょう。

類は友を呼ぶと言いまして、現実世界では知らず知らずのうちに自分と比較的考え方が近い人種とつるむようになっています。いやそんなことはない、自分は多種多様な考え方の人と関わるようにしているという人は単に世の中を知らないだけでしょう。実際には自分の知らないところで、自分には思いもよらないような考え方をする人たちが世の中には生息しているものです。

前置きが長くなりましたが、現実世界では自分とあまりにも考え方がかけ離れた人間とは自然と距離が離れて棲み分けされていくので、お互いあまり関わることもありません。しかしTwitterは違います。Twitterランドは人種のるつぼです。多種多様な考え方を持つ人達がお互いに関わり合う可能性のある素晴らしき世界がTwitterです。

しかしあまりにも考え方がかけ離れすぎていると、お互いそもそも話が通じないことがあります。以前こんなブログ記事を書いたことがあります。

これはクリエイティブなクソリプで日々私を楽しませてくれているクソリッパーの皆さんの特徴を分類してまとめてみたものです。ここに記載されているクソリッパーの皆さんのことを私はバカだと感じますが、彼らクソリッパー御一行様の中には、私のことをバカだと感じている人もおそらくいるのだと思うんですよね。要は考え方の違いであり、価値観の不一致です。

議論は勝ち負けのために行うものではないのに、勝つために議論をふっかけてくる人たちや、人を侮辱する意図がありありで無礼なことを言ってくる人たちを見ると、私は彼らのことをバカだなぁと思いますし、哀れみを感じざるを得ないわけですが、おそらくお互い接触することがほとんどないだけで、現実世界のどこかには彼らのようなバカが生息するコミュニティは存在しているのだと思うのですよ。例えば毎年のように成人式でバカやって逮捕連行されるような輩とか、非科学的な根拠のないデマを撒き散らして人を無駄に不快にさせている放射脳とかね。

私の身の回りにはそういうバカは生息していませんし、現実世界だけ見ていると本当にこいつらは存在しているのか?バーチャルが作り出した虚像ではないのか?と思うこともありますが、ニュースとか見ていると確かに彼らもこの現実世界のどこかに生息しているわけですよね。そしてそういうバカとも交流が生まれてしまう可能性のある素晴らしき世界がツイッターです。

バカの話をしていると前置きばかりが長くなって恐縮ですが、要するに現実世界ではあまりにも考え方や価値観の違いすぎる人とは嫌でも疎遠になるわけで、そうすることでお互い精神の平和を保っているわけですから、SNSの世界でも「こいつバカだな」と感じた人と無理に付き合う必要はないと思うんですよね。

昔の偉い人が生み出したバカは無視が一番という偉大な言葉がありますが、これがお互いに幸せになるための真理だと思うんですよ。バカに絡まれた時にわざわざ相手にするからお互い不幸になるんです。バカは無視が一番です。議論なんて絶対にやってはダメです。

理由3:クソリプに反応するのは難しい

理由2で述べた「バカと議論するのは難しい」とも密接に関連しますが、クソリプされた時にそれに対してうまくレスポンスを返すことって非常に難しいです。はっきり言って高等テクニックです。

私の場合はクソリプに対してほとんど全部無視するのですが、たまに暇つぶしで反応してみることもあります。でもこれが本当に難しいんですよ。クソリプへの反応のやり方を一歩間違えると、自分をフォローしてくれているフォロワーの皆さんに不快な思いをさせてしまうことになります。これが個人的には一番避けたいことですね。

ホリエモンのようにクソリプ対応をまるでエンターテイメントのように面白くしてしまえるのは天才だと思います。ご本人は自然体でやられているのかもしれませんが、超高等技術だと思います。

それにクソリプに反応した場合に一番面倒くさいのが、クソリプに反応するとクソリッパーが大量に湧いて出てきちゃうんですよね。彼らは反応してあげると喜んでしまうんですよ。だからクソリプに反応しているところを見せてしまうと「お、こいつにクソリプしたら反応してくれるぞ!」と調子づいたクソリッパーがゴキブリのように湧いて出てくるというわけです。

だからクソリッパーと議論なんかしちゃったら大変ですよ。もうそうなってしまうとクソリプホイホイです。彼らにまともな話は通じませんし、延々と関係ない話をしたり重箱の隅をつつきながらマウント取ろうとしてきたりします。建設的な議論など何一つできません。

まとめ

Twitterという少ない情報量の環境では、まともな人が相手でも議論することは簡単ではないと思っているので、バカが相手だとなおさらです。バカの相手をして嫌な思いをすることはあっても得することなんて何一つありません。暇つぶしとして適当にあしらって楽しんでおくくらいでちょうどいい。

バカに絡まれて真面目に議論したら負け。