2022年、一言で表現すれば、大変な1年だった。2006年に会社を創業して16年以上経つが、文句なしにダントツで一番大変な年だった。この先もっと大変な年がやってくるのかはわからないが、もうこんな大変な年は二度とないのではないかと思うくらいには、激動の一年だった。
最近はあまりブログも書かなくなったが、この1年で起きたこと、感じたことをあるがままに書き留めておこうと思う。思いつくままに書くのでまとまりのない文章になるであろうことをご容赦ください。
元役員の退任
文句無しでこの1年でもっともインパクトのあった出来事は元役員が退任となったこと。会社にとっても米村個人にとっても、16年間でもっともインパクトのある出来事だった。
2022年から少しだけ遡った2021年12月22日。この日に元役員の不正行為が発覚した。詳細については割愛するが、到底許容できるような内容ではなく、極めて悪質な不正行為が発覚した。その件について元役員とすぐに話し合いたかったが、事件発覚後に元役員が逃亡してしまい音信不通の状態になってしまった。
結局連絡が取れて話し合いの場を設けることができたのが2日後の12月24日。最悪のクリスマスだった。
その後は何度も話し合いの場を持ち、最終的に3月31日をもって元役員には退任してもらうこととなった。
その当時の米村の心境としては、できれば辞めてもらいたくないというのが正直な気持ちだった。一緒に会社を創業して16年一緒にやってきた重みというのは思いの外大きく、悪い意味で元役員の存在に米村が依存した状態に陥っていた。頭ではわかっていても16年の重みは簡単に振り払えるものではなかった。
元役員の行った度重なる不正行為に関して、これを許してしまってはいけないという気持ちと同時に、元役員がいなくなるとてつもない恐怖を感じていた。16年間そこにいて当たり前の存在として米村の右腕として仕事してきてもらっていたので、まさに片腕を失ってしまうかのような喪失感や恐怖を感じていた。
2022年はそんな過去最大級のインパクトで最悪の状態からスタートした1年だった。
元役員がいなくなって今思うこと
16年間一緒にやってきた元役員が会社を去る時にはとてつもない恐怖を感じていたが、いざ実際にいなくなってみて今思うことは「こんなものか」といった感じで、意外とあっさりとしたものである。まだ彼が会社を去ってからそれほど時間が経っていないこともあり折に触れて思い出すことは多々あるが、少なくとも仕事において彼がいなくなったことで困ることは今は何一つない。むしろ「やってはならないことをやってしまう人」に気を悩ませる必要がなくなったし、今の方が格段に会社が良くなったと感じる。
例えとして若干不適切かもしれないが、以前の米村は「本当は心の奥底ではわかっているけどどうしようもないダメ男からなぜか離れることができないメンヘラ女子」みたいな状態だったと思う。
実際距離を置いてみると冷静になり客観的な視点で物事を見れるようになるが、当時の米村は元役員がどんなにやってはいけないことをやってしまったとしても、彼のことを「共同創業者であり最高のビジネスパートナーである」と心のどこかで自分に言い聞かせていた。冷静で客観的な視点で物事を見ることができなくなっていた。
完全に「本当は心の奥底ではわかっているけどどうしようもないダメ男からなぜか離れることができないメンヘラ女子」の状態だった。実際に離れてみると、実にあっけないものである。
元役員に対して今は怒りの感情はない。が、言葉では表現し難い複雑な感情は残っている。今はもう割り切れて前を向いてはいるが、16年間の重みはそんなに軽いものではないのだ。100%感謝の気持ちしかないなどという綺麗事を言うことはできないが、感謝の気持ちももちろんある。
一緒に会社を作ろうという申し出に快諾してくれたことには感謝しかないし、16年間の間には苦しい場面も何度もあり、何度も一緒に乗り切ってきた。元役員に助けてもらった場面は数え切れないほどある。
一緒に会社を作ったことが良かったのかどうか、正直なところ今はもうわからなくなってしまったが、過去にとらわれることなく、これからはお互いの人生を前を向いて進んでゆくことができたらと願う次第である。
Twitterの休止
2022年はしばらくTwitterを休止していた。毎日呼吸をするようにツイートしていた自分にとっては、あれだけ長い期間Twitterから離れることなど、初めての経験だった。
休止した理由は、恥ずかしくてTwitterで情報発信などできなくなってしまったから。
何が恥ずかしかったかというと、自分が対外的に情報発信してきたことと、会社として実際にやってきたことに乖離があったとわかってしまったこと。会社の代表としては本当に恥ずべきことだが、上述の元役員の不正行為に伴って数々の情報隠蔽も行われていたことがわかり、米村自身が当時の会社の状況を正しく把握できていない状態となってしまっていた。
このような状況の中、偉そうにSNSで情報発信するなどとてもできない状況になってしまった。また当時の米村のメンタル状態を考えても、SNSを続けるのが正直しんどい状態に陥っていた。このような状況から、Twitterを休止することとなった。
毎日ツイートしていた米村が突然ぱったりとツイートしなくなったので、もしかして米村に何かあったのでは?と何人かの方からご心配いただきました。色々とすみませんでした。
Twitterを復帰することになったのは、トゥモローゲートの西崎社長から背中を押していただきました。西崎社長にTwitterの復帰について相談させてもらった時に「そんなの今日からすぐに復帰しましょう」とおっしゃっていただき、その日のうちに復帰することができました。
うつ病になったこと
元役員の不正行為が発覚した最初の頃はまだ元気だったが、その後も芋づる式に新たな不正行為が次々と発覚し、メンタルがやられてしまってうつ病になってしまいました。うつ病に関しては下記の記事で詳しく書いてあるのでよろしければこちらも御覧ください。
今はおかげさまで元気になって、通院も薬も必要なくなったが、今でも月に1回くらいは「やばい、今日はしんどい・・・」となる日がある。そんな日は無理して仕事せずに程々にしているが、それでもその日ゆっくりと無理せず過ごせば次の日は元気になれるくらいには元気になることができた。
当時は「明日このまま目が覚めなければ楽になれるな…」と毎日のように考えていたものだが、そんなに時間が経ってないのに今はとても清々しい気持ちで毎日を過ごすことができている。今が辛くても生き残れば良いこともある。人生は天気のようなもので、今はどんよりとした天気でもずっとそのままということはない(逆も然りだけど)。
今が辛くても「そのうち良くなるよね」と、適度に肩の力を抜いておくこともとても大事なことだと、声を大にして言いたい。
会社の立て直し
2022年の年初はとにかく会社がボロボロの状態だったので、今期は中期計画や売上目標など、全ての目標を一度取っ払って、会社を立て直すことだけに注力する1年となった。
年初の頃は顧客への謝罪と説明からのスタートとなった。当然だがお叱りを受けることも多々あった。米村も辛かったが、社員もとても辛かったと思う。米村は経営者なので全て自業自得だが、社員には一切自分は悪くないのに顧客に頭を下げてもらうというとても理不尽なお願いをしてきた。
元役員の不正行為が発覚してから、社員にも説明会を開いて説明した。その事件に耐えられず1人の社員が退職した。本当に申し訳ない。正直なところもっと多くの社員が離脱することを覚悟していたが、一緒に会社を立て直してきてくれた社員達には感謝しかない。米村が心折れずにここまで踏ん張ってこれたのは社員の存在はとてつもなく大きかった。
会社代表としては本当に情けない話ではあるが、本当に多くの社員達が気を使って声をかけてくれて、うつ病で中々仕事を進められない米村の仕事を巻き取ってくれた(当時うつ病のことは社員に話していなかったが)。
この1年、社員達がしてくれたことを忘れるようなことがあれば、自分は人間のクズである。会社代表として、というよりも人間として、これからもずっとお詫びと感謝の気持ちを忘れてはならないと自分自身に戒めるようにしている。
社員達が尽力してきてくれたおかげで、2022年後半はクレームはほとんどなくなり、お客様から感謝のお言葉をいただけるようになった。社員達の尽力のおかげももちろんあるし、お客様からも随分と助けていただいたおかげでもあると思う。これからはより一層、全社一丸となって顧客に貢献できるようにしていきたい。
2022年は「会社立て直しの年」と位置づけていて、その通りの1年となった。未来のことよりも目の前のことだけを見る1年だった。まだまだ改善が必要な状況ではあるが、来期からはいよいよ未来に向けて進んでいくことができるようになる。今は楽しみな気持ちが非常に大きくなった。
感謝とは?
この1年は特に多くの方たちから助けていただいた1年となり、感謝の気持ちしかない。感謝というとなんとなく軽く聞こえてしまう部分もあるが、多くの人達に助けてもらうことになって今更ながらこの歳になって1つ学んだことがある。
それは「感謝とは普段からするもの」であり「何かしてもらってから感謝したのでは遅い」ということだ。
多くの人達が助けてくれて、それに対して恩返ししていきたいと感じたわけだが、「何かしてもらったから感謝する、恩返しする」という自分のスタンスは極めて傲慢だと気づいてしまった。なぜならこの1年米村を助けてくれた人達は、米村が何かしてあげたから米村を助けてくれたわけではなく、彼ら自身には何の得もないのに無償で助けてくれたからだ。
それなのに自分は「何かしてもらったから感謝する、恩返しする」というのはなんと傲慢なのだろうと気づいてしまった。自分も彼らと同じように無償で彼らのためになるように普段から考えておかないと嘘だろう。何かしてもらったからではなく、何かあった時に助けてくれるような大切な人達には、自分も普段から感謝の気持ちを持ち、何もなくても無償で彼らのことを助けなければならない、そう考えるようになった。
この1年、本当にしんどい思いをしたが、自分にとって大切にしなければならない人達の存在が極めて鮮明になったことは自分にとっては幸運だったと思う。自分に害をなす人間に自分の時間を費やすのは人生の無駄遣いであり、限られた貴重な時間は自分にとって大切な人達のために使うべきなのだと気づくことができた。
2023年も大変なことは色々あるだろうけど、未来だけを見て明るく、楽しく、前向きに過ごしていきたいと思います。皆様、来年もよろしくお願いいたします!