先日、この状況の中で相撲を取るのは怖いので休場したいと申し出たところ、相撲協会からはコロナが怖いで球場は無理だと言われ、出場するか辞めるかの選択肢しかなく、結果として引退を選んだ元力士の話が話題となりました。

このツイートは大変話題となり、各方面で様々な意見が出ています。私もこの件について自分の意見をまとめてみることにしました。

「コロナが怖い」で休むことなどできないという意見

相撲協会に限らず、一般企業でも「コロナが怖い」で休むことなどできないという意見があります。ただ一般企業では有給取得の理由について企業は問うことができませんから、コロナが怖いという理由で休むことは可能でしょう。仮に理由が「ゲームやりたい」「家でのんびりしたい」であっても、有給取得はできます。それが許されない企業があったとすれば、それはまた別の問題なのでここでは割愛します。

また経営者や管理職サイドの意見として、こんな理由で仕事を休まれてしまっては業務が回らなくなってしまうという意見もあります。確かに一度に大勢の従業員に休まれてしまっては業務が回らなくなる可能性は現実問題としてあります。私の経営する会社でも、何人か突然休んだ程度では全く問題ありませんが、もしストライキのように一度に大勢の人に休まれてしまったら頭を抱えます。

個人の主義主張や感情的な問題で「コロナが怖くて休むなんてとんでもない」と言っている人たちについては個人の感想の域を出ないので、そういう意見もあるんだなということでここではいったん置いておくとして、現実問題としてはコロナが怖いという理由で続々と従業員に休まれてしまうと「業務が回らなくなる」という深刻な問題については考える必要があるでしょう。

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仕事を休むことは迷惑なことなのか

理由が「コロナが怖い」であるかどうかに関わらず、誰かが仕事を休めば「業務が回らなくなる」可能性はどこの会社でも必ずあります。それによって実際に迷惑を被る人もいるかもしれません。では仕事を休むということは迷惑な行為なのか?これについては「内容による」というのが私の考えです。

組織で仕事をしている以上は自分以外の周りの人たちとも一緒に働いているわけですから、自分のことしか考えず周りの迷惑を一切顧みないような人はやはり私は迷惑だと考えます。色々な事情で休まなければならないことはありますし、休むことは労働者の権利でもありますからもちろん休んで良いのですが、仕事を抜きにしても周りの人への配慮ができる人間でありたいなと個人的には思っています。休むにしても無断欠勤のような行為はやはり迷惑でしょう。

しかし経営者が自分の責任を棚に上げてその責任を労働者に押し付けて、労働者が休むことに対して「迷惑だ」と言っているケースも多々あるように思います。

先日放送された人気ドラマ『逃げ恥』のスペシャル版の中で沼田さんが「誰が休んでも仕事が回る。それが職場におけるリスク管理。それができるから管理職を任される」という台詞を言っていましたが、正にこれです。

誰かが突然休んだ程度で業務が回らなくなるような組織設計しかできていないのであれば、それは経営者の怠慢です。経営者が自分の仕事をサボってきたことを棚に上げて「休まれたら迷惑だ」と責任を押し付ける行為は、それこそ労働者にとっては迷惑でしょう。

普通に休みを取ることは必要なことだし、働く人にとっては権利でもあります。誰であってもいつでも休める環境を作ることは、経営者の責任でもあります。その意味で私は、仕事を普通に休むことが迷惑だとは全く思いません。

何のために仕事をしているのか

そうは言っても「コロナが怖い」と言って人が大勢ぞろぞろ休んでしまっては、事業が回らなくなってしまうという問題が解消されるわけではありません。経営者であればこうした問題は日頃から考える必要もあるでしょう。

非常に難しい問題ではあるのですが、「コロナが怖い」という問題に関わらず、会社や事業のために自分を犠牲にして働いて不幸になっている人達を見てしまうと、この人達は一体何のために仕事をしているのだろうか?と考えずにはいられなくなります。

もう少し言い方を変えて大げさな表現をしてみると「この人達は何のために生きているのだろうか?」と思う時があるわけです。

何のために生きるのかという問いに対しては人それぞれ答えが異なると思いますが、基本的には誰もが「楽しく過ごすため」「幸せに過ごすため」に生きているのだと思っています。少なくとも「辛い思いをするため」「不幸になるため」に生きているわけではないはずです。

では「コロナが怖い」と思いながら無理に仕事をしている人が存在していたとしたら・・・。これは考えさせれずにはいられません。「コロナが怖い」で休まれてしまったら事業が回らなくなるという人がいて、それは現実問題としてありますが、「コロナが怖い」と言っている人達は別に事業を回すために生きているわけではないよなと。そうやって仕事をして不幸になってしまったら本末転倒だよなと思うわけです。

生きていくためには仕事をして生活費を稼がなければならないという現実もありますし、単純にコロナが怖ければ休めばいいとは言えませんが、どうしてもコロナが怖くて嫌なら、休むことで不幸な気持ちから逃れられるなら、別に仕事くらい休んだっていいのでは?と私は思うわけです。誰であっても、不幸になるために仕事しているわけではないですからね。

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多くの不幸を生み出してきた仕事至上主義

私自身は別にコロナ全く怖くないですし、仕事大好きなので一生懸命働きます。でも世の中の全ての人が人生の中で仕事の優先度が高いわけではないことも理解しています。

1年の時間は8,760時間。人によって異なりますが、このうち仕事の時間は1,800時間くらいだとします。そうすると人生の中で仕事の占める割合は2割程度ということになります。私は人生の中で2割も占めている仕事を有意義にすることは人生を有意義にすると考える人間ですが、他の8割の時間に優先順位を置く人達もいるでしょう。

私は仕事は楽しいと考える人間ですが、その価値観を人に押し付けてしまうと不幸を生み出します。過去には仕事が最も重要なことだという仕事至上主義によって、多くの不幸を生み出してきた時代もあったと思います。今でもそういうことが起きているかもしれません。

今でこそ働き方改革が叫ばれる時代になりましたがほんの少し前までは、長時間労働が当たり前、仕事や会社に人生を捧げることが当たり前、それに抗うなどもってのほかという世の中でした。

「コロナが怖い」で仕事を休まれてしまっては業務が回らなくなってしまう。これを懸念することは経営者としては当たり前のことです。だからといって「辛くても不幸になってもいいから働け」と労働者に強いることは、プライベートを犠牲にしてでも長時間労働で会社のために働けと強いて多くの不幸を生み出してきた過去と同じことを繰り返していると私には感じてしまいます。

コロナが怖いと言っている人の中には、自身が基礎疾患抱えていたり、家族や親しい人間関係の中で基礎疾患抱えている人だっているかもしれません。そういう人達の気持ちを無視して「事業が回らなくなるから怖くても働け」と言うことはちょっと難しいなというのが私の率直な感想です。働く人を不幸にしてまで続ける事業の意味とは?と考えてしまいます。

人生の選択は自分の責任で

だからといって、コロナが怖ければ仕事なんかどんどん休め!理解のない会社なんか今すぐ辞めてしまえばいい!というような無責任なことはもちろん言えません。そんなに単純な話であればこの話がここまで話題になることもなかったと思います。

コロナに限らず、仕事以外にも色々な問題を抱えながら、誰でもバランスを取りながら仕事をしているわけですよね。生活費だって稼がなければいけないですし、嫌なら辞めればOKという問題でもありません。

でも既に述べてきた通り「事業が回らなくなるから働け」という経営者の主張には、働く人を不幸にしてまで通るような正当性を私は感じませんし、もしそういう経営者の言葉が本当に嫌で病んでしまうようであれば、遠慮せず休めば良いと思います。

少なくとも我々は不幸になるために働いているわけではありませんから、コロナが怖いと思うなら、怖がらなくても済むような方法を自分で考えて選択すれば良いのではないでしょうか。

きちんと考えて自分の責任でとった行動なのであれば「コロナが怖いから休む」という行動は、そこまで責められるようなことではないと私は思います。

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