あるブラック企業経営者の思考回路


エンジニアの世界では退職する時に「退職エントリー」なるものを書くことが流行っているが、逆の立場で社員が退職した時に、経営者が退職エントリーを書きましたという体のエントリーを昨日読みました。

弊社から社員が退職しました

ブラック企業らしさが随所に感じられて若干炎上っぽく盛り上がっていましたが、ご本人のTwitterにも記載がありました通り、このエントリーの内容は創作だそうです。

創作ですが多くの人がこのエントリーに惹きつけられて思わずシェアしてしまったのはなぜなのか?

その理由は、この創作の中に多くの人が日常で感じているブラック企業経営者のリアルな実態が見事なまでに表現されていたからではないかと私は思いました。

あまりにも現実離れしていてもただの釣りになってしまいますし、そうなるとリアリティに欠けてしまいます。創作を、創作であると、読んだだけでは断定することのできない絶妙なラインでブラック企業経営者のリアルな姿が書き綴られているところがこのエントリーのすごいところです。

私も今でこそ普通の会社経営者として経営を営んでおりますが、元ブラック経営者ですので、上記のエントリーの内容を元にブラック企業経営者の思考回路とはどんなものなのかについて紐解いてみたいと思います。

ブラック企業経営者は人のせいにする

一言で表現すると、人のせいにするのがブラック企業経営者のわかりやすい特徴です。会社で問題が発生していても、その原因が自分のマネジメントにあるとは夢にも思いません。全部社員のせいにします。

そのことがよく分かる一文を上記のエントリーから引用します。

やる気のない人は、長時間勤務に耐えかねてずっと不平を言い続け、最後には辞めてしまいますが、同じ仕事量でもやる気がある人間はそうは捉えません。

ブラック企業経営者は、長時間労働が原因で辞めてしまった人のことを「やる気のない人」として認定します。辞めてしまったのは辞めた本人のやる気がないからだと信じており、長時間労働の根本的な問題には正面から向き合いません。かつて私もそうでした。

長時間労働でも辞めない人もいる。その事実をもって、辞めてしまうのは長時間労働に問題があるのではなく、辞めた本人に問題があるという思考回路です。一見筋が通っているようにも見えてめちゃくちゃです。でもブラック企業経営者は本気でそういう風に考えています。

そのようにブラック企業経営者は思考しているので、辞めたいと申し出た人に対して、例えば次のような言葉を表れることがあります。

うちで通用しなかったら他にどこ行っても通用しないぞ?

これが本当で他で通用しないなら自分のところでも通用しないし役に立たないのだから辞めてもらった方が良いわけですが、そうやって論理破綻していることすらブラック企業経営者は気付くことができません。

そんな無駄な引き止めで辞めることを思いとどまってくれるわけもなく、辞めてしまった後にブラック企業経営者はこのようにつぶやきます。

あいつは能力が低いから逃げて辞めてしまった

問題の原因をあくまでも社員に帰結させようとします。とにかく人のせいにしようするのがブラック企業経営者の特徴です。

ブラック企業経営者は武勇伝を語る

ブラック企業経営者は過去の自分の武勇伝を語りたがります。それが表現されている一文を引用します。

私が若かった時代は、どこも彼以上の激務が当たり前でした。私も毎日終電近くの時間に帰ったものです。

経営者でなくとも過去の自分の苦労を武勇伝のように語る上司のおっさんはよくいますよね。まあ別に過去の武勇伝を語ること自体はうざいかもしれないけど悪いことではないです。上司が武勇伝を語り始めても広い心で聞いているふりをしてあげてください。聞いているふりをしてあげるだけで彼らは大満足しますから。

ブラック企業経営者が過去の武勇伝を語り始めた時に厄介な理由は、

俺が若い頃はもっと大変だった → だからお前らももっと頑張れるはずだ

というロジックになるからです。もっと頑張れるはずだし、これくらいで何を弱気なこと言ってるんだ、そんなのは甘えだ!と、こうなるわけです。

私も新卒で入った会社では月400時間以上働いたこともあって月平均で300時間オーバーだったことや、36時間連続勤務をしたことなどを武勇伝のように語り、だから人間はやる気があればやれる、お前らもまだまだ頑張れるはずだと、とんでもないことを言っていた時期もありました。

本当は人によって頑張れる限界は全然違いますし、同じ人でもその時の心身の状況によって頑張れる限界は変化するんですけどね。とにかくブラック企業経営者が武勇伝を語り始めたらろくなことがないのは間違いありません。

ブラック企業経営者は大義名分を掲げる

ブラック企業経営者は一見もっともらしい大義名分を掲げて、自分のとんでもない主張を押し通そうとして、相手を黙らせようとします。例によってそのことがわかる一文を引用します。

私は、これを機会に彼がさらに成長してほしいと思いましたので、「時間がない」という彼に向かって、以上の説明を行い、「時間は与えられるものではなく、作るものなんだよ」と言いました。

この文章の中には2つの大義名分が掲げられています。それは、成長してほしいという大義名分と、時間は与えられるものではなく作るものという大義名分です。他にも大義名分なんていくらでも探してくることができます。

  • これは会社の売上のために必要なことだ
  • これはお客様のために必要なことだ
  • これは社会的意義のあることだ

こういうことを言って、長時間労働を始めとする劣悪な労働環境に対する不満をそらそうとします。ただし、社員のために労働環境を改善するという大義名分を掲げることは決してありません。

売上のため。お客様のため。社会的意義。大いに結構だと思いますし、大義名分を掲げることは別に良いのですが、大義名分を掲げたところでそれとは別の問題に蓋をできるわけではないんですよね。

きちんとした実績などを提示できないブラック企業は「夢」とか「成長」みたいな抽象的でとらえどころのない大義名分を掲げることに終止することがよくあります。

これは余談ですが、はっきりした実績も特徴も何もないブラック企業の広告やウェブサイトを作ろうと思ったら、「夢」とか「成長」とか「情熱」とか「若さ」みたいな、ポジティブかつ抽象的な表現を軸にして制作すれば楽勝です。というかそういうことしかPRする方法がないんです。だからブラック企業の求人広告には「夢」とか「成長」とか(以下割愛)。

まとめるとブラック企業経営者の思考回路とは何なのか

ブラック企業経営者の特徴として、

  • ブラック企業経営者は人のせいにする
  • ブラック企業経営者は武勇伝を語る
  • ブラック企業経営者は大義名分を掲げる

ということを書いてきましたが、これを一言でまとめると、

ブラック企業経営者は言い訳してばかり

こういうことになるのではないでしょうか。とにかく問題の本質と正面から向き合おうとは決してせず、話を違う方向にそらしてごまかそうとするんです。言い訳してばかりなんです。

思えば私自身もブラック企業時代はあらゆる不都合をごまかそうとしてばかりいました。単に自分のマネジメントがダメで会社の労働環境が悪いだけなのに、その問題の本質と正面から向き合おうとせずに、誰かのせいにしてみたり、社会のせいにしてみたり。

でも、もう逃げられない、これ以上は後がないという状況になってみて、ふとある時気づきました。ひょっとして悪いのは自分だったのではないかと。

それからは問題と正面から向き合おうとするようになり、言い訳して逃げることをやめました。できないことはできないと認め、能力不足は能力不足だと認めるようになりました。労働環境改善という大きすぎる課題からも逃げずに、正面から向き合うようになりました。

言い訳して逃げることをやめたら、ブラック企業から脱却できたように思います。

言い訳してばかりの人はどこにでもいますよね。部下にも上司にも同僚にもいますし、友人や家族にもいるかもしれませんね。そしてそういう人が経営者になってしまうと、ブラック企業が誕生してしまうのではないかと思います。

私がよくブラック企業だと批判することの多いSES企業も同じですね。色んな不都合なことに対してしょうがないと言って言い訳しながら偽装請負をやめようとしません。言い訳ばかりしているからいつまでたってもSESから脱却できないんですよ。

会社経営は大変なこともたくさんあって、正直言い訳したくなることだらけです。それでも言い訳することなく、会社経営に取り組んでいけるように心がけていきたいと思います。

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