ブラック部活動問題で疲弊している学校教育の問題


学校の部活動はブラックだという主張を最近よく目にするようになりました。部活動に限らず学校の先生の環境は極めてブラックで、その最たるものは部活動だそうです。部活動は教師の本来の職務ではないのに顧問を半ば強制的に担当させられ、休日に部活動のために出勤してもほとんど手当も出ないということです。

確かに私の高校の時のサッカー部の顧問の先生は平日も休みの日も部活動に精力的で、今から思い返してみるとどう考えても長時間労働でしたね。その先生は部活に命をかけているような方だったのでご本人の意志でそうしていたと思いますが、全ての先生が部活をやりたいわけではないというところにも問題の火種があります。やりたくない先生にとって部活は苦痛以外の何ものでもないのでしょう。

そんなわけで「部活動はブラックだ」「部活動反対」の声が教師の方々の各方面からあがっているようですが、何となく身内中心で盛り上がっているだけのような気がしなくもありません。私自身もそうなのですが、子供の頃に部活動を通して素晴らしい経験をさせてもらってきていますので、「そんなこと言ったってじゃあ部活はどうすんだよ」という疑問が我々一般人には拭いきれないというのが正直なところであります。

長時間労働は手遅れになる前に解消しなければならないけども、やらなければならないことも山ほどある、人手が全然足りてないというあたりは、学校も一般の企業も全く変わりませんね。だとすると一般の企業の現場で行われている働き方改革の施策が、学校現場の働き方改革のヒントになることもあるかもしれません。

こうやればもっと効率化できるという話が出てこない

学校の先生(と思われる方々)のTwitterでの投稿を見ていると、「俺たちこんなに大変なんだよもう無理だよ何とかしてよ助けてよ」という声はたくさん聞こえてきますが、どうすればもっと学校の業務を効率化できるのかという意見はほとんど聞こえてこないように思います。

はじめの一歩としてそのような声が外部に発信されたことには大いに賛同いたしますが、ここから先はもう少し具体的にこのようにしていくべきではないかという意見に踏み込んでいくべきではないかと感じます。「俺達こんなに辛いんだよ」だけだとこれ以上は一歩も前に進まない感しかありません。

企業の一般従業員にできることには限界があり、最終的に会社が変革するためには経営者が動いてくれないとどうしようもないのと同じように、学校現場の先生方ができることには限界があることは十分理解できます。多分校長や教育委員会の頭の固いハゲたおっさん達に聞く耳を持たいない人達が多いのでしょう。企業経営とは違った法律やしがらみもあるのだろうと思います。

しかし学校での日々の業務の中には相当に無駄で非効率なことも多いはずであり、そのようなことにも触れて具体的にこのように業務効率化していくべきではないかという主張もしていかないと、話の土俵にも上がらないで終わってしまうような気がします。

教師の負担を減らす路線は良いとして、それであるならば部活動は今後どうするべきなのか。思い切って廃止にしてしまうのか。部活動の顧問は外部に委託するのか。そういうことを考えていかないと「文句を言っているだけ」となってしまいますし、文句を言っているだけの人は得てして誰も相手にしてくれないものです。

「嫌なら辞めたら?」とも思いますが、なんだかんだ言って公務員という安定した恵まれた環境は捨てたくなかったりもするわけでしょう?予備校や塾に転職できると自信を持てるほどの研鑽を積んできてなかったりもするわけでしょう?

自分の身を守るためには最終的に「辞める」という選択肢も考えなければならないとは思いますが、辞めたくないのであれば現状に甘んじるか、難しいですけど内部から変わっていく方法を考えるしかないわけです。

今までと同じ授業のやり方をする必要はない

教科書使って黒板に色々書いてという授業のやり方って、一体いつの時代から続いているのでしょうか?正直何十年同じことを続けているんだという気がするのですが、部活動には文句を言うのに授業のやり方に疑問を投げかけるような意見が出てこないことは正直不思議でなりません。

今の時代、学校の授業を全部教室の中でリアルで行う必要はないと思います。今ある授業のとりあえず半分くらいをビデオ録画してインターネットで配信すれば良いと思います。そうすれば体調崩して学校を休んでも後から受講できますし、1回の授業でわからなかった生徒は何度でも繰り返し受講することだって可能です。

さらにビデオ受講がインターネット配信されるのであれば、同じような授業を全国津々浦々の先生たちが全員で行う必要はありません。人気の高い授業がわかりやすくて面白い先生の授業を全国に配信すればOKです。授業のつまらない先生の話って聞いてるだけで催眠術になりますからね。つまらない先生の授業を受けるのはこちらも苦痛なのですよ。日本一わかりやすくて面白い先生の授業を受けられた方が良いに決まっています。

また単に今までの通り黒板に先生が何かを書くスタイルの授業ではなくて、今の時代わかりやすくて面白い3D映像を作ることだってできるわけですから、そういうところにお金をかけて配信すればさらに授業の質も高まりますね。学校の先生の読みにくい板書よりもよっぽどマシです。

そうするとほとんどの先生はやることなくなって暇になりそうな感じですが、普通の授業内容はネット配信中心に切り替える代わりに、リアルの授業ではネット配信で学んだ内容を踏まえたプレゼンやディスカッション中心の授業により多くの時間を配分するようにしたら良いのではないでしょうか。そういうのはビデオ受講では難しいですからね。

今までと違うやり方が現行の法律やしがらみですぐには実現できないというのはわかりますが、少なくとも技術的にはすぐにでも実現可能な方法となります。

授業の内容も厳選し美術や音楽の授業は廃止にする

私は美術や音楽の授業は廃止にしてしまってプログラミング等の授業を増やした方が良いと思います。音楽の授業は嫌いでしたが美術の授業は嫌いだったわけでもなくむしろ好きでしたが、それでもこれらの授業をやってる暇があるのであれば他にやることはいくらでもあるだろうと思うわけです。

この話をするといつも必ず反論があります。美術や音楽だってやった方がいいと。美術や音楽は人間性の成長に寄与できるはずだと。いや、私もそう思います。その点については全く反論がないどころか完全同意です。美術や音楽もやった方が良いと思います。

しかし「やった方が良いこと」を全部やっていると時間が足りなくなってしまうのですよ。企業でいくら業務効率化をしても中々残業がなくならない理由の一つがこれです。業務効率化をすると空いた時間が生み出されるわけですが、企業活動をしている限りはやった方が良いことは次から次と出てきます。やるべき仕事は無限にあるのです。だから時間が空いてもその時間に次々と新しい仕事を入れてしまい、結果として残業がいつまでたってもなくならないという罠があります。

美術や音楽もやった方が良いという意見には完全同意なのですが、授業をできる時間は無限ではなくて有限なのです。限られた時間の中で何を優先してやるのかが重要なのです。授業の時間に余裕があるのであれば美術も音楽もやれば良いと思いますが、現状そんな余裕があるようには思えません。そうだとしたら思い切って「やった方が良い授業」を廃止にすることも必要なことだと思います。

先生の授業負担を減らして部活動もやってもらう

今ある授業の半分をビデオ受講にしてしまえば先生の勤務時間には相当余裕が出るはずなので、そうすれば部活動の顧問だって十分に対応可能なはずです。今の状態だと長時間労働が激しすぎて問題があることは明らかですが、私なんかは学校から部活動がなくなるのであればもう学校なんか行かなくても良いと思ってしまいますね。塾や予備校で十分です。学校よりも塾や予備校の方が授業も面白いことが多いですし。

でも多分学校の先生達は今までと違った授業のやり方をすることなど望まない人達が多いでしょうね。弊社でもこれまで様々な顧客と接してきていますが、公共性の強い組織であればあるほど、今までのやり方を変えたくない、今までやっていなかったことをやるのは嫌だという空気が強くなります。そりゃ50年もほとんど同じやり方で授業をやり続けるわけですよ。

ブラック部活動の現状を変えたいのであれば、学校の先生達も今までとは違うやり方も受け入れていく覚悟も必要だと思います。日々の授業の負担を減らしつつ授業の効果を高める方法なんて少し考えればいくらでもあると思いますよ。

休暇や休息をしっかり取ることの重要性も教育する

部活動でも勉強でもそうですが、非効率なほどに長時間部活動や勉強を行ってしまうことが当たり前のようにありますよね。睡眠時間を削ってまで勉強することに何の意味もないことなどは学校でしっかり教えられた記憶がありませんが、子供のうちにしっかり叩き込んでおいた方が良いと思います。

仕事の「納期」と学校の「定期試験」って位置付けが似ていますよね。もっと前からしっかり準備しておけば良いのに、計画性なく準備を怠ってきたために試験前日に「一夜漬け」という伝家の宝刀を抜くわけですが、仕事でも計画性がないために納期直前になって「一夜漬け」をすることがありますね。そして破綻。w

例えば人間の集中力を保つためには起床してから12時間~13時間くらいが限度と言われています。それを過ぎてくると酒酔い状態で仕事をしているのと同じような集中力となってしまいます。そういうことを学校教育の現場でも叩き込んで、勉強するならこれくらいまでに集中してやらないとダメですよという考え方を身に着けさせると良いと思います。

休みの取り方なんかも学校教育の現場で叩き込んだ方が良いのではないかと最近感じています。

何となく有給を取って休むことに罪悪感を感じてしまう人が多いのは、もしかすると義務教育の中で休まないことは素晴らしいことだと叩き込まれてきた経験が影響しているのかもしれません。「皆勤賞」というものも存在し、皆勤賞を取ると褒められますし本人も喜びますよね。私もそれが常識として染み付いていますが、人間誰しも体調崩すことだってありますし、休むことが本当にそんなにダメなことなのかとふと冷静に考えてみた時に、皆勤賞というものの意義は何なのかと思ってしまいます。

人間が健康で幸せな毎日を送るために必要なことが「皆勤賞」であるのか、もう一度考えてみても良いと思います。そして健康で幸せな毎日を送るために本当に必要なことが実は皆勤賞ではなくて「適度に休むこと」なのであれば、学校教育の現場でも皆勤賞を賞賛することをやめて、適度に休む教育に切り替えた方が良いと感じます。

 

実は私自身、教師になることを目指していた時期がありまして教育というテーマには割りと興味があったりします。自分には教師は向いていないと思って早々に教師になることを諦めた立場で偉そうなことをつらつらと書いてしまいましたが、日々リアルな現場で問題と直面している先生方には頭が下がります。今のブラックな環境が1日も早く解消し、良い方向に向かうことを願っております。