残業代ゼロ法案と揶揄される高度プロフェッショナル制度について


残業代ゼロ法案と揶揄され続けている高度プロフェッショナル制度ですが、これが盛り込まれた労働基準法改正案に対して連合からの要請を受けた形で修正されるようですね。

<政府>「成果型労働制」修正へ 休日年104日以上確保

これを受けて労働弁護団界隈の方達がお怒りのようですね。連合が出した要請に対して労働弁護団が怒り心頭という構図がよくわかりません。

とにかくこれをもって「政労使合意」という体裁を整えて改正案が出される見通しとなったようです。残業100時間上限の時もそうでしたけど、政労使合意が最近のトレンドなのでしょうか。結構あっさりと政労使合意ってされるもんですね。

なぜ高度プロフェッショナル制度に反対するのか

高度プロフェッショナル制度に反対する人達がなぜこれに反対するのかというと、長時間労働を助長するとか、過労死が出てしまうとか、ざっくりと言ってしまうとそういうことだと思います。

労働者の健康を守ることが目的で反対することに対しては私も十分に共感できるところではありますが、それをわざわざ多くの人の目を引きやすい「残業代ゼロ法案」などという呼び方をすることに関してはセンスがないなという感想しかありません。この呼び方のせいで全部台無しの感じすらします。

高度プロフェッショナル制度が適用される人については年収が1075万円以上の人とされています。つまりほとんどの人には無関係の法案です。全国の管理職の人達だって残業代は出ないわけですし、管理職の中には1075万ももらっていない人達だってたくさんいるでしょう。金銭的な側面だけを考えれば、1075万ももらっているのであれば残業代どうこうという問題ではないように個人的には思います。

ちなみに年収1075万の対象となる人がどれくらいいるかというと、厚生労働省の平成28年賃金構造基本統計調査によるとこんな感じです。

年収1075万以上ではなくて1000万以上の人の割合になってしまいますが、だいたい0.6%くらいでしょうか。これは男性に関しての表で、女性の図も同じような感じなので引用は割愛しますが女性の場合だと0.2%くらいでした。

これだけ対象者が少ない法案であるにも関わらず、目にとまりやすい「残業代ゼロ法案」という呼び方をしてこの法案には関係のない大多数の人の関心をひこうとしているのだと思います。

どんなにカネを払っていようが過労死を出してはいけないということは重要なことなんだから、こういう揶揄するような幼稚な呼び方ではなくてもう少し考えてもらいたいところです。

なぜ高度プロフェッショナル制度が必要とされるのか

残業代ゼロ法案などと呼ばれて残業代を払わないことが目的のように言われることもありますが、元々1075万も払っている人が対象なわけですから、目的は残業代カットではないように個人的には感じています。残業代カットが目的のせこい経営者だったら1075万も払おうとはならないでしょう。そういう経営者の場合だと裁量労働制とか名ばかり管理職を悪用して対処するように思います。

高度プロフェッショナル制度がこのタイミングで議論されているのは残業上限規制がもうすぐ適用されるからではないでしょうか。今まで月に300時間も400時間もバリバリ働いている人は残業上限規制がされるようになるともうこんなに働けなくなります。本人が働きたいと言ってもダメです。

それと元々は時間ではなくて成果に焦点を当てるという議論もあったようです。裁量労働制とあまり大差ないようにも思いますが、時間ではなく成果で考えることはいずれにしてもこれから必要になることです。

能力の高い人が短時間で成果をあげるよりも、能力の低い人が残業やりまくって残業代を稼いだ方が収入が増えてしまうという問題は時間を軸に考えているうちは中々解消できないと思います。どんなに長い時間働こうとも成果を出せない人にはそれなりの賃金にするという考え方は自然なことです。

能力の高い優秀な人に裁量を与えて、時間ではなく成果で評価するという議論には意義があると思います。

でもそれってフリーランスでも良いのでは?

大幅に裁量権を与えて時間ではなく成果で評価するという考え方には大賛成です。ホワイトカラー労働者なら特に成果を評価するということは重要なことですからね。

でも大幅に裁量を与えるなら、それってフリーランスでも良いのでは?とも思います。

時間ではなく成果で評価となると、ある程度の裁量は必要になります。残業の上限がなくなるならなおさらのことです。会社側から理不尽なボリュームの仕事が割り振られてしまった時に、その場合は労働者側の裁量でその仕事を拒否できるくらいの裁量が場合によっては必要だと思います。

そうしないと悪意を持った会社から制度を悪用されて無限に仕事を割り振られてしまうということは実際に起き得ることだと思います。そうすればいつかこの制度のもとで過労死が発生するということも起きてしまうかもしれません。

そういう理不尽な仕事の割り振りを拒否できるくらいの権限ということになると、正直フリーランスとそんなに大差ないように思えてきます。むしろ会社側からすると労務管理や社会保険の処理が不要になる分、業務が効率化される側面すらあるかもしれません。収入面でも1000万以上支払う用意があるのであれば、フリーランス側としても大きな問題はないでしょう。

現行の制度のもとフリーランスと契約するというやり方であれば、高度プロフェッショナル制度で目的とすることと同程度、場合によってはそれ以上のことができるにも関わらず、一部では労働者という縛りを残しておく高度プロフェッショナル制度というやり方に企業側がこだわるというのであれば、残業時間の上限なくこき使うという意図もあるのではないかと疑いの目で見てしまいます。

高度プロフェッショナル制度でもいいですけど、労働時間の上限がなくなってしまうわけですから、理不尽な仕事は拒否できる権限が労働者側にないとまずいのではないかと感じます。

時間ではなく成果で評価する考え方は必要だと思う

何をもって成果とするのかについては簡単ではありませんので、成果で評価するというのは実はものすごく難しい問題ではありますが、単に長く働いて残業すれば成果をあげていなくても残業代でガッポリ稼げてしまうという今の仕組みはやっぱり制度としての欠陥もあると思います。

この制度としての歪みに焦点を当てて、時間ではなく成果で評価していくという方向性で議論することは絶対に必要なことです。このことに目を背けてアホみたいに残業代ゼロ法案反対!などと連呼しているだけの人は思考停止していると言わざるを得ません。

労働者が残業をする理由の大きなものの一つに「残業代を稼ぐため」があります。仕事をこなすためではなくて残業代を稼ぐために残業をしている人もいるわけです。つまり生活残業ですね。

長い時間働けば働くほど残業代を稼げて、しかも長く働くだけでも評価されてしまうことすらある今の制度のもとでは、稼ぎたい人が無駄にダラダラ働いて残業することは極めて合理的なんですよ。そういう人がおかしいのではなく、制度がおかしい。

残業させて残業代を支払うにしても、時間あたりの生産性をきちんと評価して、生産性の低い人ではなくて生産性の高い人に優先して残業してもらう方が企業としては生産性が上がります。時間ではなく、時間あたりの生産性で評価していくように変えていかないといけない。

日本の労働生産性が低いと言われる中、またこれから労働人口が減少していく中で、時間ではなく成果で評価して生産性を高めていくことが必要。血管があるとしても高度プロフェッショナル制度も生産性を高めていくための議論の一つだと思います。

アホみたいに思考停止状態で「残業代ゼロ法案反対」ではなくて、ぜひとも前向きな議論がされていくことを望みます。

残業ゼロは時間ではなく成果が評価される

アクシアでは2012年から残業ゼロを徹底しています(残業代ゼロではありませんw)。残業ゼロだとは時間に焦点が当たっているようにも見えますが、全員が残業ゼロだと時間に関しての条件が同じになります。長く働いて評価をしてもらうことも不可能になります。

ですので嫌でも成果で評価されるようになります。限られた労働時間の中でいかに成果をあげることができたかで評価されるようになります。

高度プロフェッショナル制度と違って、残業禁止という大幅な制限付きの仕組みではありますが、残業ゼロの環境では時間ではなく成果で評価されるという点において、一つの選択肢にはなり得るのではないでしょうか。

もちろん残業ゼロが絶対的に正しいなどとは微塵も思っていませんが、「時間ではなく成果」を評価する仕組みにしたい会社は検討の価値は十分にあると思います。

高度プロフェッショナル制度でも残業ゼロでも何でも良いと思いますが、成果が評価されて生産性を高めていこうという流れになっていくことに期待したいと思います。