IT業界の多重下請け構造とは何なのか


多重下請け構造はIT業界に限った話ではなく、建築業界など他の業界でもこの構造が見受けられることはよくあります。他の業界はまた事情が異なるかもしれませんが、IT業界ではこの多重下請け構造によって様々な弊害が出ており、業界内のエンジニアからもすこぶる評判が悪いです。

私は必ずしも下請けが悪だとは思っていませんし、お互いの会社がまともに仕事をしていれば下請けも大いに結構だと思います。

ではなぜIT業界おいてこれほどまでに多重下請け構造の評判が悪いのか、その背景を整理してみました。

IT業界の多重下請け構造の特徴

常駐開発

システム開発を行っていると謳っている会社の多くが常駐開発を行っています。自社内で開発を行うのではなく、クライアント先に社員を派遣します。最近ではよくSES(システムエンジニアリングサービス)と呼ばれているようです。

それって派遣会社じゃないの?と思う方も多いかもしれませんが、少なくとも形式上は派遣会社ではない会社がほとんどです。でも実質的にはただの派遣会社である場合も多いです。

また自社の従業員だけでなく、どこかの会社の従業員やフリーランスの人をかき集めてきてクライアント先に派遣することもあります。

ここまで書いただけで闇だらけの常駐開発ですが、これによる問題点の詳細は後述します。

人月商売

ソフトウエア開発では作業のボリュームを算出するのに人月という単位がよく使われます。

作業の工数を見積もること自体はプロジェクトを適切にマネジメントするために必要なことです。しかし人月という表現は「1人のエンジニアが1ヶ月で作業できる仕事量」となるのですが、人によって1ヶ月の作業量は違うだろという当然の疑問が出てきます。

もう少し表現の仕方を変えてみますと、同じ仕事でもひょっとして仕事が遅いやつの方が売上が上がってしまうのでは?という疑問も出てきます。なぜなら人月で見積もりをしているシステム会社での売上は、

売上 = 人月 × 人月単価

となりますので、仕事に時間をかければかけるほど(人月が増えれば増えるほど)売上が上がってしまうという事態が想定され、IT業界の常駐開発現場では実際にそのようなことも起こってしまいます。

さらにどこのシステム会社に発注するかを検討する時に当然のことながら費用の比較を行うわけですが、その費用の検討基準に人月単価が使われることがよくあります。

単に人月単価が高い・安いで比較されてしまうとどうなるかと言いますと、人月単価だけ安く設定しておいて、人月の方を積み増しするというようなことも容易にできてしまいます。

このような子供だましとも言えないようなバカげたことがIT業界の常駐開発ビジネスでは当たり前のように繰り広げられています。

IT業界の多重下請け構造にひそむ問題点

常駐先で指揮命令を受ける

社員を派遣し、派遣先の企業の人がその労働者に指揮命令を行うためには、契約内容が派遣契約である必要があります。

しかし実際には派遣契約でないにも関わらず、派遣先のクライアント内ではまるでそこの従業員であるかのように当たり前にプロジェクトの作業指示や残業・休日出勤の要請が行われていることがあります。

派遣契約ではない場合、本来であればその社員が所属する企業に指揮命令をする権限があり、労務管理などを行う義務があるわけですが、その責任の所在が曖昧になってしまいます。

労務管理がまともに行われない

指揮命令が曖昧なので労務管理の責任の所在が曖昧となり、ずさんな労務管理が行われやすくなります。

例えば派遣されている従業員の残業時間が膨れてきたので、その社員の所属企業で早く帰らせるように対策しようとしても、派遣先の企業で指揮命令が行われているような状況ですと、構わず長時間残業続行などということも当たり前に行われてしまいます。

今話題の(既に過去の話題のw)プレミアムフライデーを所属企業で行うことにしたとしても、派遣先企業に指揮命令がある状況では「プレミアムフライデーなんか知らねーよ」と一蹴されてしまうことになります。

偽装請負が慢性化する

上で述べた問題点は偽装請負と呼ばれていて違法行為です。IT業界ではグレーゾーンなどと言ったりしてごまかしていたりしますが、グレーではなく真っ黒であり立派な違法行為です。

偽装請負構造

偽装請負構造

派遣先で指揮命令が行われるので実質的には派遣なのに、形式上は請負契約であるかのように偽装されています。色々屁理屈をこねくりまわして開き直っていたとしてもたいていはアウトです。

下記の資料を見ても常駐開発を行っている会社のほとんどはアウトでしょう。

請負・業務委託を適正に行うために

多重派遣が慢性化する

上記の通り偽装請負は違法であり、違法である以上は企業にとってリスクとなるわけですが、ではなぜそこまでして偽装請負する必要があるかというと、多重派遣したいからだと思います。

多重派遣とは、派遣された労働者を派遣先の企業から別の会社にさらに派遣することです。

IT業界が多重下請け構造であるがゆえの問題であるとも言えます。自社の従業員をクライアントに派遣するだけなら派遣契約にすれば良いだけの問題ですが、多重下請け構造となっているIT業界ではエンドユーザーとエンジニアの間には何社も介在することが珍しくありません。

多重下請け構造+常駐開発のコンボだと、どうしても多重派遣前提とならざるを得なくなるわけです。

しかし多重派遣は法律で厳しく禁止されているため、あからさまに派遣契約で多重派遣するわけにはいきません。そこでグレーゾーンと言ってごまかしながら、リスクを負ってまで偽装請負をやっているのだと思われます。

中間搾取される

多重下請け構造だと顧客であるエンドユーザーと実際に作業するエンジニアの間には何社も間に入ることになりますから、商流が下にいけばいくほどピンはねされて報酬がどんどん少なくなっていきます。

別に間に入る会社がマージンを取ることはいいと思うんですよ。ただしそれだけの付加価値を提供していれば。

問題は間に入ってる会社は何もやらないし何の付加価値も提供していないのに、プロジェクトが継続してる間ずっと10%も20%も中間マージンを搾取していることだと思います。そうやって何もしてないのにマージンだけ取ってく会社が間に5社も6社も入ったりすることだってあるわけです。

この間に入ってる無駄な会社が排除されていれば、顧客はもっとリーズナブルな価格でシステム開発のサービス提供を受けることもできるし、エンジニアももっと報酬をもらっても良いはずなのに…。

長時間残業が蔓延する

多重下請け構造の常駐開発では多くの現場が長時間労働となります。

既に述べた通り、労務管理が適切に行われることはないですし、人月商売の特性上あまり効率的に働きすぎると売上が落ちるという意味不明な状態でもあるので、業務効率化しようというモチベーションが働くことはあまりないですし、一人そうやって頑張ったところで無駄な努力になることがほとんどです。

長時間残業から抜け出して労働環境を改善したいというシステム開発会社があれば、まずはこの多重下請け構造の常駐開発から抜け出すことが何よりも重要です。

組織としてのノウハウの蓄積がない

普通は一つのプロジェクトを経験すれば、例えそのプロジェクト自体は失敗に終わるようなことがあったとしても、その失敗の経験を糧にして何かしらそのプロジェクトから学ぶことがあるはずです。その経験は次のプロジェクトに活かされるべきものです。

しかしながら常駐開発では残念ながらそうはならないことがほとんどです。なぜならプロジェクトごとに色んな会社から人がかき集められ、プロジェクトが終わればそのメンバーは解散してしまうからです。元々同じ会社でもないので、ほとんどの場合解散すればそれっきりです。

個人としては何かしらそのプロジェクトから学べることがあったとしても、チームとしてはノウハウが蓄積していくことはありません。

帰属意識の低下

これは常駐開発を実際に体験したことのある人にしかわからないかもしれませんが、多くの人が帰属意識の低下に悩んでいます。

普段から別の会社に出社してそこの従業員のように働いていますので、自分が実際に所属している会社にいる意味ってなんだろう?と思い悩むようになります。

そうして従業員が別にどこの会社だっていいやと考えていることは会社にとって良いわけがありませんので、色々帰属意識を高めようと努力してる企業もありますが、常駐開発をやめない限りは根本的な問題の解決にはなりませんから無駄な努力に終わります。

人売りIT派遣企業の見極め方

人によって立場は色々あろうかと思いますが、私の個人的な立場としては多重下請け構造の常駐開発にはメリットはないと思っています。顧客企業にとっても働くエンジニアにとってもメリットはないでしょう。

多重下請け構造の中で、人材を右から左に流すようなビジネスのことを人売りIT派遣というような呼び方をすることがあります。

システム開発を発注したい企業にとっては、人売りIT派遣をメイン事業としている会社には発注したくないでしょうし、エンジニアからしてもわざわざ人売りIT派遣の会社に就職したかったわけではなく、入社してみたらそうだったというケースが多いのではないでしょうか。

あえて人売りIT派遣企業を選びたいという奇特な方はそうしていただければ良いかと思いますが、知らず知らずのうちにこういう企業に当たってしまっていたという不幸を少しでも減らすためにも、人売りIT企業の見極めポイントをいくつかご紹介します。(※他にも何かあればぜひご連絡ください。これは!と思うものは追記させていただきます。)

勤務先が23区及びその近郊となっている

その会社の求人情報を見て、勤務先がこのようになっていたら要注意です。

勤務先:本社または東京23区(及びその近郊)

これは決してその会社の事業所が東京23区及びその近郊にたくさんあるわけではありません。w

常駐先となる現場が都心の場合だと23区内が多く、その他にも横浜や川崎あたりに常駐先現場が結構多いのでこのような書き方となります。

勤務時間がクライアント先に準ずるとなっている

これもその会社の求人情報を見るとわかることが多いです。派遣先となる常駐現場によって、その会社の営業時間が異なるためこのような書き方となります。

またここに書かれる勤務時間とは別途残業はありますので、就職活動中の方はその点は注意しましょう。

月1回の帰社日を猛アピールしている

問題点のところであげた従業員の帰属意識低下の問題に対処するために、人売りIT派遣企業では月1回の帰社日を設けて社員の親睦を深めようとしているところが多いです。

逆に言えば自分の会社に戻る日は多くても月に1回程度しかないということです。

会社のことを紹介する写真などでも、帰社日くらいしかアピールするポイントがないため記者日の時のイベントや飲み会の写真、社員旅行の写真ばかりが掲載されていることが多いです。

取引先が同業者ばかり

多重下請け構造の中で生きる人売りIT派遣企業の顧客はエンドユーザーではないことがほとんどです。実際に取引するのは同じように人売りIT派遣を生業としている同業者です。そのため会社概要などに掲載されている取引先企業の一覧を見ると、同じIT業界の企業名ばかりが並んでいることがあります。

このような会社は情報交換と称して、お互いの持っている案件の情報と人材の情報を日々交換しています。

面接に行ったらフリーランスを勧められる

これは私が最初の会社をやめてフリーランスになった時のきっかけだったのですが、始めからフリーランスになるつもりは全くありませんでした。普通にリクナビの正社員募集の求人を見て面接に行ってみたら、面接の最後にこう切り出されたのです。

フリーランスっていう働き方もありますよ

フリーランスのおいしいところの話だけを聞かされて、自分でよく考えることもできなかったバカな私はその日のうちにフリーランスになることを決意しました。w

人売りIT企業の中には自分の会社ではできるだけ正社員を雇わずに、フリーランスや他の会社のエンジニアを右から左に流すだけのまさに人売りをメインに行っている会社があります。社員として雇用してしまうと簡単に解雇できないからです。

このように何も知らない情弱なエンジニアを甘い言葉でそそのかすようなことをする会社は実際にあります。

働き方も多様化してきている現代において、フリーランスという働き方も選択肢の一つではありますが、人売りIT企業のフリーランスの場合は、それって正社員と何が違うの?というケースがほとんどです。

実際には雇用の調整弁にされているだけであり、社会保険や通勤費等の正社員であれば普通に付属してくる福利厚生が剥奪されただけの立場であったりします。

 

多重下請構造

多重下請構造

ここで書いたこと以外にも多重下請け構造の常駐開発には色々と弊害があるかもしれません。日本のIT業界のエンジニアの環境を良くするためにまず必要なことは、この多重下請けの常駐開発という構造を変えていくことだと信じていますので、この記事で書いたことが少しでも参考になれば幸いです。